保険の虫眼鏡(第108回)
議論は「第三分野」から「リスク細分型自動車保険」へ

 和辻哲郎は、その著書「風土」において、世界をモンスーン、砂漠、草原の
三つの型に分類し、日本列島はモンスーンに属するという。和辻によれば、風
土は、そこに住む人々の性格の違いを生み出し、モンスーンにおいて人は受容
的かつ忍従的であるとする。
 2024年の元旦、能登半島を中心に巨大地震が襲った。テレビの映像に映し出
された一人の被災者に、日本列島に住むものの根源をみた。隣のビルが崩壊し
たことで押しつぶされた飲食店のオーナーである。妻と娘の二人が亡くなった
といい、「怒りの矛先が、どこにも見つからない」とつぶやく。
 とてつもなく激しい怒りなのに、怒りの相手は地震なのだ。だから、「怒り
の矛先が、どこにも見つからない」。和辻のいう「受容的かつ忍従的」な受け
止めの中で、激しい怒りが内向化する。そして、男は、娘の遺したパズルのピ
ースを集めて、ひたすら並べている。

第三分野を巡る攻防

 1990年代に行われた日米保険協議について記してから、今回で8回目です。
30年近く前の出来事を知って何になるとのお叱りを受けそうです。しかし、こ
の協議は、わが国の損害保険における固有の歴史の一つの総括といえるもので
あり、また、損害保険の本質を考える上での有用な材料になるものと考えてい
ます。新年早々ですが、いましばらくお付き合いいただきたいと思っておりま
す。
 1994年にいったん合意に至った日米協議が復活した契機は第三分野問題でし
た。生損保間の相互参入(mutual entry)に関しては「激変緩和措置」によっ
て一定の歯止めがかかったものの、損保会社が生保子会社を設立することによ
る参入(cross entry)は外国生保社が事実上占有してきた第三分野への浸食
であり、「激変緩和措置」に反すると主張したわけです。
 つまり、外国生保社は、「生保と損保が同じ第三分野商品を売ることには一
定の歯止めがかかったから、親損保の脅威はなくなった。しかし、損保の子生
保が入ってくれば、それは生保の仮面をかぶった損保だから自分たちの権益が
犯される」とみたわけです。彼らは、それを「激変緩和措置」の尻抜けと主張
し、子生保による第三分野の販売を阻止しようとしました。
 損保会社にとっては、子会社とはいえ生保業界内のことですから、「自分た
ちだけへの差別的取り扱いは許容できない」となります。また、設立したばか
りの子生保は中小会社であり、「激変緩和措置」の対象そのものですから、論
理的にも受け入れることはできません。そして、それ以上に、損保商品と親和
性の高い第三分野なしに子生保の経営が成り立つかどうかが大きな心配になり
ます。
 結局、1994年にいったんは合意に至った協議が再度行われることになりまし
た。最終的に1996年に合意するこの復活協議こそが、わが国の損保業界に当初
の思惑を大きく超える「保険自由化」をもたらし、損保業界は「断絶の時代」
というべき新たな時代に突入することになりました。

アメリカの戦術とリスク細分型自動車保険

 再開した協議でのアメリカの戦術は、cross entryにおける激変緩和を認め
ないのであれば、損保事業における自由化をさらに進展させ、外国損保の活躍
の場を大きくすべきだというものでした。1994年合意の際には、商品・料率の
自由化としては「届出制・標準料率・自由料率の拡大」程度の話でしたが、再
開協議ではより本質的な自由化の要求がなされました。中でも、日本側が驚愕
したのが「リスク細分型自動車保険」でした。
 用途や年齢など、保険料率算出に関わるリスクをそれまでよりも細分化して、
契約者のリスクの実態に応じた保険料を設定すべきというのがその主張でした。
一見まともな要求に見えると思います。自由化の動きの中では、相互扶助性が
一定程度後退して、経済効率性が前に出るべきというのは至極当然の流れです。
しかし、ことはそう単純ではありません。
 保険料率は、「特性料率」と「経験料率」という2つの要素によって構成さ
れます。「特性料率」は年齢や用途のようなリスク特性によるもので、「経験
料率」は当該契約の事故実態等によって個別に決定されるものです。この2つ
の要素に着目すれば、実はわが国の自動車保険は等級制度という経験料率の活
用によって、個々の契約ごとに保険料が異なるという究極のリスク細分化をず
っと昔から、世界にも類をみない形で実現していたわけです。

「ユニバーサルサービス」の限界

 一方で、特性料率に関しては大括りのリスク区分を作り、リスク選別による
引き受け拒否が生じないよう工夫を凝らしてきました。特に、地域ごとのリス
ク差はわが国固有の歴史に根差すものであり、これをそのまま料率に反映すれ
ば大きな保険料の差が生じます。例えば、近くの家に出しても遠い離島の家に
出してもハガキの料金は63円ですが、こうした価格設定は郵便事業が「ユニバ
ーサルサービス」という公共性の高い事業であるからこそ認められるものです。
自動車保険も同じで、実際には地域間のリスクの差が明らかに存在するにもか
かわらず、それをそのまま保険料にしては「保険料が高すぎて加入できない」
という問題が生じるため、あえてリスク差には目をつぶってきたわけです。
 全国津々浦々の契約をまんべんなく引き受ける日本社の場合、どこかの地域
の料率をリスクの実態に合わせて引き下げると、別の地域では引き上げが行わ
れることになります。引き上げがスムーズに行くのであれば問題はありません
が、現実的には政治問題化を含めて、そうはいきません。従って、リスクの実
態に見合う料率の引き上げ下げは思うほど簡単なものではありません。
 しかし、ある外国社が新規に参入する場合はどうでしょうか。リスクの低い
地域のみを狙って日本社の提示する保険料に比して安いものを提示することが
可能です。これに対して日本社は動きが取れませんから、まさに外国社による
チェリーピッキング(いいとこ取り)が可能になります。損保会社にとって何
よりも重要な自動車保険分野に的を絞ったアメリカの戦術は、日本社の心臓部
を直撃するものであったわけです。

日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史