ある「企業内代理店」の行く末に思う(第122回)
「三菱電機株式会社は、子会社である三菱電機保険サービス株式会社の株式を2025年11月4日に譲渡する株式譲渡契約をマーシュジャパン株式会社と本日(2025年7月28日)締結しました。」
三菱電機保険サービス株式の売却
多くの保険会社と保険代理店にとって、このニュースは衝撃的なものでした。「三菱電機保険サービス」は、2018年、それまでの「メルコ保険サービス」が社名を変更した代理店です。設立は1999年ですが、元々は、1947年に三菱電機のグループ会社である「菱電商事」が損害保険代理店としての業務を開始したことに源流があります。他の多くの企業内代理店と同様に戦後の損害保険料率算定会制度発足の前後に保険代理業を開始しています。
同社は、いわゆる「企業内代理店」ではあるものの量と質の両面で自立した堂々たる保険代理店です。保険業法上は「規模の大きい特定保険募集人」として財務局に事業報告書を提出し、いわば行政の直接監督下にあります。先だっての保険業法改正によって新たに設けられた「特定大規模乗合損害保険代理店」の基準は現時点で未定ですが、おそらくこれにも悠々で該当するのではないでしょうか。
さらに言えば、新たに定められる「特定契約比率規制」において、グループ内の契約比率が高いがゆえにこれ該当するとしても、代理店としての自立の度合いを勘案すれば問題なく「適用除外」の対象になったと考えられます。かつ、グループ会社としても長年の黒字経営を誇り、本体のOBの受け入れ先としても貢献度は高い会社であると推測できます。それにも関わらず、なぜ、親会社である三菱電機は株式をマーシュジャパンに売却することになったのでしょうか。
株式売却の理由
三菱電機のニュースリリースによると、株式売却の理由について以下のように説明されています。
「当社は、事業ポートフォリオ戦略の推進や経営体質の強靭化に向けて、昨今の保険代理店を取り巻く環境変化を踏まえながら、当社における保険サービス事業の位置づけを見直した結果、グローバルで保険に関して豊富な知見を有するマーシュ ジャパンとともに事業運営していくことが、三菱電機保険サービスの事業発展に寄与するとの判断にいたりました。」
ここには二つの理由が示されています。一つ目は、三菱電機自体の「事業ポートフォリオ戦略の推進や経営体質の強靭化」です。二つ目は、三菱電機保険サービスの「事業発展に寄与する」という点です。
一つ目は、本体としての「選択と集中」の観点から、保険販売事業を切り離すというものです。中堅クラス以上の規模の企業が軒並み保険代理店をグループ会社として保有し、事業領域の観点でいえば他の事業と並んで保険販売事業に進出しているのは日本のみの特異な現象です。グループ会社としての使い勝手の良さや安定的な収益の確保という点で問題はないとしても「事業ポートフォリオ戦略」の観点からは収まりが悪かったのだろうと推測できます。
二つ目は、三菱電機保険サービスの「事業発展に寄与する」という観点ですが、これには「昨今の保険代理店を取り巻く環境変化」との前提が付与されています。これに関し、三菱電機常務執行役 阿部恵成氏は以下のように述べています。
「昨今の保険代理店を取り巻く環境変化を踏まえながら、当社における保険サービス事業の位置づけを見直した結果、今回の判断にいたりました。三菱電機保険サービスにとっては今後、グローバルで保険に関して豊富な知見を有するマーシュジャパンとともに事業運営していくことで、事業をさらに拡大し、企業として発展していけるものと考えています」
要は、グループ会社でいるよりもマーシュジャパンの傘下に置く方が事業として発展するというわけです。この間の企業内代理店を巡る様々な動きの中で、まさに絵に描いたようなきれいな理屈の世界がここにはあると感じます。
企業内代理店の真の役割
ある誰でも知っている大企業の企業内代理店の例を記します。その企業グループにおいてリスクマネジメントを本格的に担う部署は存在しません。わが国においてはよくあることです。では、様々なリスクにどう対処しているかというと、各部門に出入りする複数の保険会社の営業社員を通じて、個々の課題ごとにリスクマネジメントに関する高度な情報を収集しています。保険会社の営業社員は、グループ内のリスクマネジメント専門会社の全面的なバクアップを受けているため、これが可能になるわけです。このように保険会社の営業社員は激しい競争の中で、日々、最高のノウハウを提供する努力をしています。
これに企業内代理店が絡みます。自立した代理店ですから個々の保険会社の提案に関し優劣を判断する十分な能力を有しています。そして、こうした保険会社との連携の中で、企業内代理店として保険を扱うというよりも、当該企業グループにおけるリスクマネジメント部門としての役割を果たしています。この結果、保険契約の多くがグループ内の契約に収斂しています。
実際のところ、グループ会社の契約とはいえ、それらの契約を獲得するために、保険会社との間で専門的な知識に基づき激しいやり取りが日常的に繰り広げられています。それだけではなく、銀行系代理店、商社系代理店、本体の取引先の企業内代理店等との激しい競争があり、保険代理店としてのノウハウが高度に保たれていなければ契約を獲得することは困難です。
しかし、新たな特定契約者比率規制の下ではこの企業内代理店であっても規制に引っかかり廃業になります。そこで、こうした事態を避けるために「適用除外」が設けられることになっています。これは激変緩和や弱者救済のための措置ではありません。このためには3年間の猶予期間が設けられています。「適用除外」は規制に引っかかるものの、真に自立し、グループにおけるリスクマネジメント上、欠かすことができない企業内代理店を存続させるために設けられるものです。例として紹介した上記の企業内代理店が「適用除外」に該当することはまず間違いのないところです。
自立した企業内代理店の選択肢
おそらく、三菱電機保険サービスもこうした「適用除外」の対象になる企業内代理店の一つであると想像します。しかし、同社の場合、親会社である三菱電機は株式の売却によって資本系列から外すという選択をしました。グローバルな観点からは異形の存在である企業内代理店を「適用除外」規定を使ってまで認知するという選択肢はなかったのかもしれません。
相手先であるマーシュの本業は保険ブローカーですが、同社が保険ブローカーに転じる可能性は低いのではないかと考えています。転じるメリットよりもデメリットの方が大きいからです。マーシュ傘下で企業分野の保険ノウハウを強みとする巨大な独立系保険代理店としての道を歩むのではないでしょうか。
ある企業内代理店の人が次のように言っていたことを思い出します。「自分たちには厳しく対峙すべき相手が三つある。一つ目は金融庁、二つ目は保険会社、そして三つ目は身内である親会社だ。」
三菱電機保険サービスが親会社との間で、どのような議論を経て今回の結論に至ったのか知る由もありません。しかし、今、改めて、この言葉を重く噛みしめています。
日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史