自己点検チェックシートの背景と内容:保険の虫眼鏡(第124回)
「慣行(コンダクト)」の見直しは行政の定めるルールの改正ではなく、保険会社や代理店の自律によって進められることになります。この場合に、個々の民間事業者が自らの判断に基づいて実行していてはバラツキが生じることになります。そこで、重要な役割を与えられることになったのが損保協会です。この結果、業界団体として担ってきた公益事業と共益事業のうち、会員である保険会社に資する事業である共益事業に大きな変化が生じることになりました。
ビッグモーター事件の発生を受けて、2023年9月1日に「不適切な保険金請求に関する特設ページの設置」を行って以降、現在に至るまで損保協会は矢継ぎ早に様々な施策を打ち出しています。その内容は、損保協会のホームページに「お客さま・社会からの信頼回復に関する損保協会の取組み」として全体が記載されています。
「第三者検討会」の設置
損保協会が実施している様々な施策の中で、いわば「真打ち」と言ってよいのが、代理店に重大な影響を及ぼす「代理店業務品質 第三者評価制度」です。この制度は、「有識者会議報告書」における「保険代理店の業務品質を保険代理店と利害関係のない中立的な第三者が一定の基準に基づいて公正かつ適切に評価する業界共通の枠組み(「第三者評価」)を設けることを検討すべきである。」との指摘に基づいて設けられたものです。
この指摘を受けて、損保協会は外部有識者をメンバーとする「代理店業務品質評価に関する第三者検討会(以下、「第三者検討会」)を設置し、2024年9月25日の第一回会合以降、1か月に一回の頻度でこれを開催してきました。この検討会では、「代理店における適切な保険募集および顧客本位の業務運営の徹底に向けた取組み」というテーマの下で、二つの柱について検討を重ねてきました。一つ目が「業界共通の評価基準の策定」、二つ目が「中立的な第三者による代理店業務品質評価」です。一つ目は「what」で二つ目は「how」に関わる内容です。制度の中核にあるのは「代理店業務品質に関する評価指針」で、事務局資料によれば、これは「第三者評価制度運営における手引書となるほか、業務品質評価基準は代理店における自己点検チェックや保険会社における代理店監査でも参照される」ことを想定して作成されています。
この結果、昨年12月20日に『「代理店業務品質に関する評価指針」(案)~ 第三者による代理店業務品質評価を行う業界共通の枠組みの構築に向けて』が公表されました。これに関しては、その後の意見公募を経て、3月28日に内容が確定し、2026年度からの本格実施が確定しています。そして、それに先立ち、試行実施として2025年度に代理店に示されたのが「自己点検チェックシート」ということになるわけです。
制度の全体像
制度の概要は以下の図の通りです。

特に留意すべきは、中心にあるのは損保会社と損保代理店であり、損保協会の「代理店業務品質評議会」が代理店を監督するという制度ではないことです。これに関し、「第三者検討会」の委員からは次のような指摘がなされています(一部)。
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●今回の制度は、保険会社がしっかりと活用していくことが重要であり、まずは各保険会社がこの制度の意義をよく理解し、活用していくことが基本。
●この制度は損保協会が主体となって運営するものとなるが、評価制度のみで完結するものではなく、現状の代理店指導が形骸化している事実を真摯に受け止め、保険会社も自身の問題と受け止めて制度に関与することが重要。
●代理店と保険会社の関係において、特に兼業代理店では、本業に伴って保険も売ってもらっているという構図から、保険会社の代理店指導の意識が乏しいのではないか。
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「評価基準」の概要
同じくパブコメ募集時の文書では「評価基準」と「制度運営」に関し、以下の通り、文章で概要を示しています。

上記の文章の中で、特に留意すべきは、「評価基準は、すべての代理店を対象とし」という部分です。当初の動きでは大規模代理店を対象とした制度になるとの見方もありましたが、結果として「すべての代理店」が本制度の対象になっています。
2016年の保険業法改正によって、代理店の体制整備義務が法定されましたが、多くの代理店にとっては「形式的にマニュアルを作って終わり」という実態がありました。今回、代理店業務品質評価基準として「顧客対応」「アフターフォロー」「個人情報保護」「ガバナンス」の4つの要素に区分され、47項目にわたって具体的に定められます。さらに、これは代理店の「自己点検チェックシート」として171項目に細分化されて定められます。
「制度運営」の概要
次に「制度運営」に関しては、次のように説明されています。

先ほども記しましたが、全ての代理店が対象になり、問題となる代理店は「リスクベースで抽出する」とされています。代理店の自己点検とそれをベースにした保険会社との「対話」からリスクを抱える代理店を選別し、場合によっては損保協会によるオンサイト、すなわち現場への立ち入り検査を実施するというものです。またこれらの情報は金融庁とも連携する形になります。
本質的に金融庁は、保険業法上、代理店には体制整備義務がありますから、全ての代理店に対して目を光らせる必要があります。しかし、15万店もある代理店のすべてに対応することはもっと巨大な組織でなければ不可能です。そこで、今回新たに定義する「特定大規模乗合保険募集人」を中心に、大規模代理店への直接的な監督を行う一方で、他の代理店に関しては今回設ける枠組みを活用し、「代理店業務品質評議会」との連携の中で、代理店と保険会社に対するモニタリングを行うわけです。金融庁は、今般の一連の事件を経て、これからは代理店へのモニタリングの強化を打ち出しており、これに際してこの制度が最大限、活用されるのではないでしょうか。
実務的な流れ
次に、もう少し実務的な内容をみてみましょう。以下の図は、損保協会が作成した実務の流れです。

今回、規模や特性に関わらず全ての代理店の業務品質について定められています。保険会社は、これを「業界共通版」とし、「各社独自分」を加えて代理店の「自己点検チェックシート」を作成します。代理店は全てこれを使って自己点検を行い、その結果を、今回新たに作成する業界共通のシステムを通じて保険会社に提出します。そしてそれに基づき代理店と保険会社の「対話」が行われます。そこに損保協会が介入します。ただし、損保協会は保険会社を会員とする業界団体ですから「第三者」ではありません。そこで損保協会から独立した「代理店業務品質評議会」という有識者をメンバーとする組織が設立されます。損保協会からの独立という考え方は「損保ADR」と同じです。
「代理店業務品質評議会」は代理店と保険会社の「対話」をフォローし、問題がある場合に、代理店を直接チェックします。対象となる代理店は大規模なものが中心ですが中小代理店でもリスクベースで対象になります。チェックのやり方はオフサイトという書類中心のものとオンサイトという現場への立ち入りの両方があることは先ほど記した通りです。
今後の展開
このように見て行くと、損保協会が検討を進めている代理店の業務品質に関する「第三者評価」こそが、規模の大小に関わらず全ての代理店にきわめて大きな影響を与えることがお分かりになると思います。そして、ここでの業務品質は手数料ポイント制度とのリンクも想定して策定されていることに留意することが必要です。
読者の皆さんの中には、「そうは言っても、15万もある代理店のすべてを網羅することなどできるはずがない」と思われる方がいるでしょう。しかし、今はDXの時代で、生成AIがすごい速度で発達しています。今回、損保協会は新たなシステムを作ってこの制度を支えます。生データがデジタル化されるわけです。データがデジタル化された時、これをAIで分析すれば、瞬く間にリスクベースでの代理店の選別が可能なるのではないでしょうか。
日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史

