「ハ方式」廃止が突きつける乗合代理店の岐路:保険の虫眼鏡(第126回)
昨年12月17日、金融庁から公表された「比較説明・推奨販売に係る保険業法施行規則」および「保険会社向けの総合的な監督指針」の改正案。これは、改正保険業法成立以来、我々保険業界の誰もが固唾を呑んで待っていたものでした。
1月30日のパブリックコメント締切りを経て、現在は金融庁による回答作成という重要な局面を迎えています。前回の改正時には468ものコメントが寄せられ、金融庁は回答に3か月以上を要しましたが、代理店経営の根幹を揺るがす今回の改正へのコメントがそれを上回ることは確実でしょう。
確かに、監督指針は「保険会社向け」となっていますが、代理店が傍観していては、取り返しのつかないことになります。比較推奨販売は、乗合代理店が行う独自の業務プロセスであり、保険会社がこの行為に関与するものではありません。比較推奨販売に関し、代理店は、今、文字通りの「自立」を求められています。
180度異なる認識の相違 ― なぜ「ハ方式」は葬られるのか
損保の乗合代理店にとって、これまでの比較推奨販売における「ハ方式」は、実務上の負担を軽減するための「不可欠な守り神」でした。特に地域のプロ代理店にとっては、特定の保険会社との強固な信頼関係を維持しつつ、顧客の利便性を補完する上で現実的な落とし所だったはずです。
しかし、行政の視点は180度異なります。金融庁にとって「ハ方式」は、ビッグモーター事件やカルテル問題に見られるような、保険会社と代理店の癒着、そして「テリトリー制」を生み出す不適切な便宜供与の温床でしかありませんでした。
歴史を紐解けば、乗合代理店は長く「不適切な乗り換え募集」の温床とみなされてきました。1948年に制定された「保険募集の取締に関する法律(募取法)」に基づく生保代理店の一社専属制を経て、1998年の保険自由化で「消費者の比較ニーズに応える器」として再定義されたのが乗合代理店です。乗合代理店の価値は比較推奨販売にありとの認識の中、2016年の募集制度改革で「ハ方式」が認められたのは、当時の実態を考慮した「現状追認」に過ぎませんでした。しかし、その例外措置が不祥事によって限界を迎えた今、行政は「比較推奨をしないのであれば、専属に戻ればよい」という峻烈な原点回帰を突きつけているのです。
損保商品における「比較推奨」の虚像と実像
ここで我々は、根本的な問いに向き合わねばなりません。「損保商品において、商品を比較することにどれほどの価値があるのか」という問いです。
顧客の行動パターンは大きく3つに集約されます。
第一は、保険会社のブランドや代理店への信頼に基づく「信託モデル」。
第二は、来店型ショップに代表される「対話による最適化モデル」。
第三は、価格重視のネット完結型「自己主導・自己責任モデル」。
確かに、消費者の比較推奨販売への期待は高まっているといってよいでしょう。NTTデータ経営研究所の調査等でもそれは裏付けられています。しかし、この3つのうち、比較推奨販売は第二のモデルのみで、全体の中では第一のモデルが大きなウエイトを占めているのは否めない事実です。また、東京海上日動の超保険が典型ですが、保険会社はシステムの活用によって自社と代理店への「信託」を一層高めようと努力を重ねています。
今、議論の焦点は「商品の比較推奨」に当たっています。しかし、自動車保険や火災保険において、特約のわずかな差を競うことがプロの仕事でしょうか。損保の本質は、個々の商品の比較ではなく、顧客のリスクを全方位で俯瞰し、複数の保険種類を組み合わせて漏れがないよう万全を期す「トータルデザイン(全体設計)」の提案力にあるはずです。そのためには、商品そのものの共通化や標準化が必要との考え方もあります。
顧客の多くは「商品」よりも先に「代理店(人)」を選んでいます。特に個人向け分野では、商品ごとの差異よりも、万が一の際の事故対応能力や、地域のよろず相談役としての魅力が優先されます。当局が求める「商品選び」という形式的な手続きと、現場が提供してきた「代理店選び」という実質的な価値。この乖離こそが、多くのプロ代理店が「ハ方式」の廃止に対して、「無理だ!」と叫びたくなる違和感の正体なのではないでしょうか。
経営戦略の岐路 ― リスク回避という決断
「時間と手間さえかければ、比較推奨はできる」。今回の改正は、行政が持つこの強固な前提の上に成り立っています。しかし、我々はその膨大な事務コストと法的リスクを、無防備に背負い続けるべきでしょうか。
リスクマネジメントには「リスク回避(Avoidance)」という鉄則があります。今、求められているのは単なる実務の変更ではなく、ビジネスモデルそのものの再構築です。検討すべき選択肢は3つあります。
①専属への回帰: 最もシンプルに法的リスクを回避する選択です。
②部分的乗合: 生保や特定の賠償保険など、真に比較ニーズがある種目に限定して乗り合う形態です。
③システムの徹底活用: 膨大な事務コストを許容し、証跡保存を完璧に行うことで、乗合という付加価値を維持する道です。
大手生保が社員である営業職員チャネルに最大のリソースを投入しているのは、コントロールの効く営業政策を実現する上で極めて合理的な判断です。「乗合代理店であっても比較推奨販売を行わない」というビジネスモデルが事実上の終焉を迎える今、損保会社のリソース投入の対象は製販分離モデルである乗合代理店から製販一体型モデルである専属代理店に移っていくことでしょう。この動きが予想される中、代理店側も「自社のリソースをどこに投下すべきか」を冷徹に判断する時期に来ています。
おわりに ・・・ 代理店の価値を語り直す
パブコメ結果をコンメンタール(解釈規定)として活用したいという多くの代理店の期待に反し、当局の回答が形式的なものに留まろうとも、代理店は立ち止まるわけにはいきません。制度が変わる今だからこそ、「商品選び」の手前にある「代理店選び」の価値を、自分たちの言葉で語り直す必要があります。
一部の大型代理店は、すでに独自に弁護士と相談しながら、保険会社に頼らない態勢整備を始めています。「保険会社が何とかしてくれる」という甘えを捨て、自らが経営戦略上の岐路に立っていることを認識しなければなりません。
今の体制を維持することがリスクなのか、それとも変化することがリスクなのか。その答えは、各代理店が掲げる「顧客への約束」の中にあります。この荒波を、単なる「規制対応」で終わらせるのか、それとも「真のプロフェッショナル」への脱皮とするのか。今、代理店の覚悟が問われています。
日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史

