保険の虫眼鏡(第62回)
デジタル革命の中での代理店の経営戦略
関東財務局が、10月から12月にかけて代理店との「対話(ヒヤリング)」を
実施する。対話の内容は、「保険募集人(保険代理店)に求められる法294条
の3に対する対応状況等(主に、体制整備の実効性を調査するため、監査(内
部・外部)、教育を重点に聴取予定)」となっている。ちなみに法294条の3
は体制整備義務に関する条文だ。
まず、100の代理店に対してアンケート調査が行われ、その後、60程度の代
理店が選定されて「対話(ヒヤリング)」が行われる。多くの代理店が、自ら
が対象となるかどうかに拘わらず、これに大きな関心を抱いている。それはそ
うだろう。事実上、代理店に対する初めての「検査」がおこなわれることにな
るのだから。
3つの課題
何十年に一度、もしかすると何百年に一度しかないような歴史的な大きなう
ねりの中に代理店はいる。この観点でいえば、課題は3つある。
第一に保険業法の改正である。70年ぶりに保険募集制度が大転換することに
なった。
第二に「顧客本位の業務運営」の下でのベスト・プラクティスの競い合いで
ある。ルール・ベースからプリンシプル・ベースへと金融庁の行政が大転換を
果たそうとしている。
関東財務局の代理店ヒヤリングは、この二つの課題をベースに行われること
になる。ただし、具体的な中身として、「監査(内部・外部)、教育を重点に
聴取予定」となっている点には十分に留意することが必要だ。
では、第三の課題とは何か。デジタル革命の進展の下で、200年間変わらな
かった保険そのものが根本から変わる可能性が生じている。代理店という仲介
者の存在価値そのものも問われている。このような状況の中で、代理店の経営
戦略はどうあるべきか、これこそが第三の課題である。
攻めと守りのデジタル化
デジタル革命の下での代理店の経営戦略を描く上でのキーワードは、
「デジタイゼーション(Digitization)」と
「デジタライゼーション(Digitalization)」である。
「デジタイゼーション(Digitization)」は、IT化とほぼ同義で使われること
が多く、膨大な紙の資料の電子化や、電子メールやアプリなどの社内システ
ム導入を指す。
「デジタライゼーション(Digitalization)」は、デジタルの力でまったく
新しいビジネスモデルをつくり、顧客体験を変えることを指す。既存業界を破
壊するほどのインパクトを与えるため、今、デジタル化と叫ばれているのはこ
ちらの意味である。しかし、だからと言って、デジタイゼーションを軽視して
よいということには決してならない。両方をにらみながら経営戦略を策定する
ことが重要である。
以下の図は、三井住友銀行(SMBC)の戦略である。全体を「デジタライ
ゼーションの領域」としているが、攻めと守りの両面でデジタル戦略が構成さ
れている。今がデジタル革命という大変革期であるがゆえに「ITインフラ」
のような昔ながらの課題が改めて重要になるという認識は慧眼である。
InsurTech企業の変化
デジタル革命の中でInsurTechが次第に存在感を増している。これに関し、
マッキンゼー・パートナー サイモン・ケイズラー氏(InsurTechを含むヨー
ロッパの全オンライン保険販売活動の統括)は次のように語っている。
「初期のInsurTech企業は『デジタルアタッカー』として、伝統的な保険業
界を混乱させようとしていました。けれども現在は、彼らが生き残るためには
既存の業界と協力する必要があることを認識しています。現在、既存の保険ビ
ジネス全体を揺るがすInsurTech企業は10%未満であり、約3分の2がバリュー
チェーンの特定の部分に焦点を当て、既存の保険会社と有意義に統合したいと
考えています。問題はもはや『InsurTech企業 vs 従来の保険会社』ではなく、
顧客にとって本当の価値を生み出すためどのように協力し合うかということで
す。」
「既存の保険会社」という言い方をしているが、これには当然、代理店も含
まれる。スタートアップと称されるInsurTech企業の中にも、事務システムの
変革を視野に入れるものが出てくるのは確実だ。現実に、SEIMEI(株)の津崎
桂一氏や(株)hokanの尾花政篤氏は代理店の事務システムに着目し、既に行
動を開始している。
確かに、関東財務局のヒヤリングは気掛かりな動きである。しかし、金融庁
の動きを受けた反射的な対応だけに終始しているわけにはいかない。代理店同
士がベスト・プラクティスを競い合い、優勝劣敗が待っている「顧客本位の業
務運営」をにらむとき、デジタル戦略は、代理店にとって金融庁対応に匹敵す
る極めて重要な課題なのではないだろうか。
日本損害保険代理業協会アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史