保険の虫眼鏡(第96回)
保険代理店における行政処分のリスク

 ある大手保険会社の社員研修に講師として参加する機会がありました。ざっ
くばらんに意見交換する場が設けられており、次のような質問を受けました。
「体制整備義務を果たせと保険会社は言うが、そもそも中小規模の地域代理店
に金融庁の検査などあるはずがないと主張する代理店がある。本当に金融庁は
検査に来ないのだろうか。」
 これに対し、小生は次のように答えました。
「検査とは言わずに『対話』というのが今の金融庁。今事務年度の金融行政方
針でも代理店との『対話』を施策として打ち出しているので、可能性として対
象になることはある。しかし、裁判員裁判に当たることが滅多にないように代
理店が16万店もある中では対話に巡り合うことは稀だろう。」
 もちろん、これで答えを終えたわけではありません。これに続けて、体制整
備は金融庁のために行うものではない。むしろ、代理店としての業務品質向上
に資すること、そして、消費者のためになることで業績向上にも資するという
至極当たり前のことを伝えました。

金融庁が示す3つのキーワード

 通り一遍の答えをしながら、「でも多くの代理店にとって、金融庁は怖い存
在であることは確かなんだけど・・・」と感じていました。ここで改めて、検
査マニュアルを廃止した後の金融庁の考え方をみてみましょう。
 金融庁は、2018年6月に新たな「検査・監督基本方針」を示しました。ここ
では「金融処分庁」と称された「怖い金融庁」ではなく「金融育成庁」という
「優しい金融庁」に変身することを述べた上で、次の3つのキーワードを提示
しています。
① 全体を見た、実質重視の最低基準検証
② 動的な監督
③ 見える化と探求型対話

 この3つがどういうものかを示したのが次の「持続的な健全性を確保するた
めの動的な監督の位置づけ」と題された図です。検査マニュアルは、一律に定
められるルールという点で「静的」ですから、個々の金融事業者ごとの状況に
応じて監督するというのは、まさに「動的」な監督という言葉が適切と感じま
す。そして、そのやり方を示すのがこの図です。

やはり怖い「行政処分」

 左上に「最低基準を満たしていない者」が掲げられています。これに対して
は「是正措置」が採られるということは、行政処分の対象になるということで
す。体制整備義務や意向把握義務等は保険業法に定められたルールですから、
これが遵守されていないとなれば「最低基準を満たしていない者」に該当する
ことになります。
 次に「リスク顕在化時に、最低基準抵触の蓋然性が高い者」、そして「収益
・ビジネスモデルの持続可能性に課題があり、今後、最低基準抵触の蓋然性が
ある者」が示されており、これらに対しては「改善に向けた監督・対話」が行
われるとされています。この間、金融庁は地方銀行のあり方に様々な角度から
問題提起していますが、多くがこの二つのカテゴリーに属するという認識なの
だろうと推測できます。
 最後、右下に位置する者が「ベスト・プラクティスの追求に向けた探究型対
話」の対象とされています。これらは「収益・ビジネスモデルの持続可能性」
に問題がなくこれからも発展していくことが見込まれる金融事業者です。これ
に対して金融庁はコンサルタントやアドバイザーの立場で「探求型対話」を行
うというわけです。このようにみていくと、「金融育成庁」の「優しさ」に接
することができる保険代理店は相当程度限定されるのではないでしょうか。も
しかすると、非常に多くが「最低基準を満たしていない者」に該当するのかも
しれません。

自らの位置はどこか

 多くの保険代理店が、体制整備義務は金融庁が「無理強い」するから
「嫌々」やるものという感覚を持っていることは事実です。だから、金融庁の
「検査」が来ないのならば「適当にやっておけばよい」という感覚になるので
しょう。実際に金融庁の「対話」に遭遇することは滅多にないため、その感覚
は理解できないわけではありません。しかし、絶対に遭遇しないかというとそ
んなことはないのは言うまでもないことです。そして、遭遇した際には「行政
処分」というとても怖い「金融庁リスク」の直撃を受けることを決して忘れて
はならないわけです。
 また、しっかりと体制整備義務を果たしている保険代理店であっても安穏と
していることはできません。「リスク顕在化時に」や「収益・ビジネスモデル
の持続可能性」という言葉は非常に重いものといえるのではないでしょうか。
例えば、大きな問題となっているサイバーセキュリティ、統合を含む規模の拡
大、自動車保険マーケットの縮小などは保険代理店として真正面から向き合わ
なければならない課題です。保険代理店は、金融庁が示したこの図に照らし合
わせて、自らがどの位置にいるかを検証すべき時を迎えているというべきでし
ょう。

日本損害保険代理業協会 アドバイザー
アイエスネットワーク シニアフェロー
栗山 泰史