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保険の虫眼鏡(第18回)

 

「一物一価」を巡るあれこれ

 

あけましておめでとうございます。2017年の第一回目ですので、肩ひじ張ることなく閑話休題の感じで記してみたいと思います。

 

「一物一価」

 

企業の保険でいわゆるフリー料率の契約の場合、代理店が保険会社と料率に関する交渉を行うことは多々あるが、その際に、「一物一価」という言葉が出てくることがある。異なる保険会社であれば、料率が異なることは当然で、そこには「一物一価」はあり得ない。しかし、同一保険会社が異なる代理店に対して提示する料率の場合、通常、「一物一価」が維持されている。通常というのは、代理店ごとに保険会社の窓口の営業が異なり、それぞれの代理店が提供する保険引受に必要な情報(アンダーライティング・インフォーメイション)に違いがある場合には異なる料率が出ることがあるからだ。ただし、その場合でも、それぞれの営業窓口から本社の業務部門に照会があれば、本社を通じて「一物一価」は維持されることになる。

保険において、なぜ「一物一価」なのだろうか。世の中で、普通、「一物一価」はむしろあり得ない。同じ商品であっても例えば相手との取引の状況によって値段はどんどん変わって行く。あるスーパーマーケットの経営者が「保険の販売は、保険会社が同じである限り価格競争がない。これはもの凄く楽なことだ。スーパーでは同じものが店ごとに違い、それこそが競争なのだから。」といっていたが、非常に納得感のある言葉だと感じる。

 

「料率三原則」

 

 「料率三原則」という原則があり、「損害保険料率算出団体に関する法律(以下、「料団法」)」の第8条に定めがある。「料率は、①合理的、かつ②妥当なものでなければならず、また③不当に差別的であってはならない」というのがその内容である。さらに、この原則は、保険業法第5条において、金融庁が「保険料及び責任準備金の算出方法」を審査する上での基準として使われている。個人的には、昔、若いころにアメリカの保険の教科書で読んだ「①高すぎず、②安すぎず、③不当に差別的でない」という表現の方が分かりやすいと思っているのだが。

 

 保険において「一物一価」が当たり前のこととして通用している背景にはこの原則があるのだろう。実務の場での競争を考えると、特に「不当に差別的でない」という原則が示唆するところは重い。おそらく、保険会社との取引の状況によって料率に差をつけることは、保険で引き受けるリスクとは関係がないので「不当な差別」という判断になっているのだろう。

 

代理店手数料の位置付け

 

 これについてさらに考えてみると、少し「怖く」なってくる。まず、少なくとも法律上、この原則が適用されるのは、自動車保険や火災保険等の損害保険料率算出団体が算出する料率に限られる。さらにそれはいわゆる「純率」であって、社費や代理店手数料は含まれていない。ということになると、実務上、「一物一価」が維持されているのは一種のモラルによるものといえるだろう。

例えば、フリー料率の契約について、保険会社が代理店に対し、純率に自らの社費を加えた値のみを「一物一価」で提示し、そこから先は代理店が自由に手数料を上乗せして顧客に提示するとなったとする。つまり、代理店が受け取る手数料が「コミッション(保険会社が支払う手数料)」から「フィー(顧客が支払う報酬)」に変わった瞬間から、代理店による保険販売はスーパーマーケットと同様の激しい競争にさらされることになってしまう。

もちろん、今はブローカーの手数料でさえ保険料の中に含まれ、契約者の要求があった場合にのみ開示が必要となっているから、保険会社がそのような行動をとることはあり得ない。つまり、保険料率は「純率+社費率+代理店(またはブローカー)手数料率」の合計値のみが顧客に提示され、それが分解されることはない。従って、いたずらに心配する必要はないのである。

 

フィデューシャリー・デューティー

 

 今、金融庁は「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」を前面に出した行政に乗り出している。この流れの中で、ルールベースではなくプリンシプルベースが前面に出れば出るほど、何が起こっても不思議はない。ある代理店が自発的に手数料の割引(に基づく保険料の割引)や開示に踏み込んだ場合、それは「フライング」として失敗に終わることもあるだろうが、逆に「チャレンジャー」として称賛されることもある。これまでの常識が危ういものになるかもしれないと思うと、やはり、少し「怖く」なってしまうのである。

日本損害保険代理業協会アドバイザー

栗山 泰史