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保険の虫眼鏡(第30回)

 

顧客本位の業務運営(その5)

 

前回、2007年9月19日付の金融庁佐藤隆文長官(当時)名の文書「金融規制の質的向上:ルール準拠とプリンシプル準拠」を引用した。そこには、「ルールベース」と「プリンシプルベース」という二つの言葉とその関係が記されていた。この二つの言葉を整理して説明すると次のようになる。

 

「ルールベース」と「プリンシプルベース」

 

「ルールベース」とは、行政がルールを制定し、事業者はそれを遵守するという行政のやり方である。ルールが明確になることで、規制される側としてはやってよいことと悪いことが明確になる。

「プリンシプルベース」とは、行政が事業者に対して原則のみを示し、事業者は示された原則に沿って自由に事業を運営するという行政のやり方である。事業者の創意工夫を引き出す点に特色がある。

大切なことは、このどちらかを二者択一で選ぶのではなく、組み合わせを適切に行うことである。保険の場合、行政が定めるルールがなくなるということは絶対にない。かつての保険金支払い漏れ事件のように社会的に大きな問題が起これば、当然、ルールは厳しくなる。平時においても、行政が原則だけを示して、後は事業者の自由に任せるということにはならない。

しかし、ルールが厳しくなりすぎてそれを守るだけで精一杯ということになれば、事業者は委縮してしまい創意工夫を怖がり、ルール通りの画一的な事業運営に陥ってしまう。結果的に事業者間の競争が制限的になり、消費者にとっても不都合が生じることになる。

 

実体的監督主義

 

では、現実の保険行政はどのような「ベース」に基づいて行われてきたのであろうか。これには三つの流れがある。第一の流れが「実体的監督主義」である。第二の流れが「ルールベース」である。そして、今、「顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)」という掛け声の下で「プリンシプルベース」が台頭しようとしている。

まず、第一の流れについてみてみよう。保険は、1996年の保険自由化以前、「実体的監督主義」と称される監督の下にあった。これは、保険業法をベースとするものの、実際には何かするときには細かく行政にお伺いを立てることが必要という行政のやり方であった。「箸の上げ下げにまで行政が口を出す」といわれたやり方である。いわば、保険会社や代理店は、行政を親としてそれに保護される子供だったのである。

 

「ルールベース」あるいは「ベターレギュレーション」

 

これが、1996年の保険自由化以降、第二の流れである「ルールベース」に大きく舵を切ることになる。行政は法律や監督指針によってルールを定め、事業者はそれを遵守し、遵守できない場合は行政によって処分される仕組みに変わった。すなわち、「事前規制」から「事後処分」への転換である。そして、2005年から2006年にかけて生じた「保険金支払い漏れ事件」において、多くの保険会社が行政処分を受けることになった。

実体的監督主義の下でも行政は怖い存在ではあったが、子供に愛情を持つ保護者であったことは間違いない。「護送船団行政」という言葉がそれをうまく言い表している。これに対して、ルールベースによる行政は戦前の警官のような存在であったといえるだろう。「おい、こらっ」と威圧的に迫る警官を庶民は恐れ、委縮した。そして、金融庁は「金融処分庁」と揶揄されるようになった。その直撃を受けた代表が銀行である。半沢直樹のドラマに描かれるような金融庁の厳しい検査と監督が行われた。

ただし、実は、この時でさえ、金融庁は「ルールベース」一辺倒では決してなかったのである。先ほど掲げた「2007年9月19日付の金融庁佐藤隆文長官(当時)名の文書」の後、2008年4月18日に金融庁は「金融サービス業におけるプリンシプル」を公表している。これは、「金融規制の質的向上(ベター・レギュレーション)」を目指す上で、「ルールベースの監督とプリンシプルベースの監督の最適な組合せ」が必要であるとの認識の下に掲げられたものであった。しかし、現実には、圧倒的に「ルールベース」に偏重する行政が続いたといってよいのではないだろうか。これは保険においても同様である。

今、金融庁は、ルールベースに軸足を置いてきた流れを変えようとしている。これは金融行政における「第三の流れ」といえるだろう。それが、ルールからプリンシプルへの転換である。

 

日本損害保険代理業協会アドバイザー

栗山 泰史