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保険の虫眼鏡(第49回)

 

Cross Subsidization(内部補助)

 

 このコラムの読者の中には、企業代理店の方が多い。企業代理店にとっては親会社やグループ会社の「管財物件」は収入の点はもちろんのこと、保険代理店としてのステータスを誇示する上でも非常に重要な位置付けになっているだろう。

 

「総合的収支管理」の是非

 

管財物件に関する損害保険の中には、保険金の支払いが多く発生し、いわゆるロスレシオ(損害率)が悪化している契約が存在するかもしれない。特に新種分野の特殊な保険にそうした現象がみられる傾向があるのではないだろうか。 一方、火災保険や自動車保険のような普通の保険の場合には、時にロスレシオの悪化はあるとしても、全体としては安定的に推移しているのが一般的であろう。 

そこで、代理店としては、一部のロスレシオが悪い契約に関し、「管財物件全体でみれば、保険会社が儲かっているわけだから、保険料の値上げは受け入れることはできない」という論理で保険会社と折衝することになる。保険会社の方も「総合的収支管理」というような考え方でそれを受け入れることが多い。しかし、こうしたやり方は理に適っているのだろうか。

 

アメリカの保険危機

 

 筆者が賠償責任保険のアンダーライティングに従事していた1980年代の半ばにアメリカで「保険危機(Insurance Crisis)」という大変な出来事が起こった。PLや医療過誤を中心に賠償金の支払いがうなぎ上りに増加することで保険会社は大幅な赤字に陥った。そして、保険会社が賠償責任保険の引き受けを拒否し、または保険料の大幅な値上げを要求したことで社会的な大混乱が生じたのである。具体的には、保険を付けることができなくなったメーカーは製品の製造そのものを中止し、自治体は公園等の施設を立ち入り禁止にし、医者はリスクの高い患者の診察を断るといった事態が生じた。こうした中、世界中の再保険者もアメリカの保険会社と同じく「北アメリカの賠償リスク(exposure of north America : Expona Riskと称された )」を恐れ、引き受けを禁止した。

わが国において、この余波の直撃を受けたのが、日本からアメリカへの輸出製品に関する「PL保険」であった。再保険カバーを閉ざされた日本の保険会社は一斉にこれの引き受けを拒否し、またはてん補限度額の大幅な引き下げを契約者に要求せざるを得ない状況になった。

 

Cross Subsidization(内部補助)

 

しかし、保険会社にとっては並み居る重要得意先であるから、事はそう簡単にはいかない。何とか再保険を確保するため、日本の保険会社は、必死に海外の再保険会社の説得にあたった。その時の理屈が「火災保険や自動車保険で大いに儲けているではないか」というものであった。当時の料率算定会制度の下で、自動車保険や火災保険は極めて安定的なロスレシオを維持していたため、再保険会社にとってそれらは「ドル箱」であったからである。

筆者も、ドイツに行き、ある大手再保険会社の賠償責任保険のアンダーライターとの折衝に当たったが、その際に先方の口から出たのが「Cross Subsidization(内部補助)」という言葉である。彼は「アンダーライターにとって、内部補助はタブーだ」といったのである。正直にいって、筆者はその言葉が何を意味するか、全く分からなかった。いずれにしても、「ロスレシオの低い保険による収支の穴埋めは絶対に許されるものではない」という一言で、以降の折衝が一切不可能になったのである。

ホテルに戻って、辞書を引きながらたどり着いた結論は「確かにその通りだ。異なる保険種類間での収支のバランスを認めることは保険の根本的原理に反する」というものだった。保険種類があり、その下に保険種目があり、それぞれの保険の中にリスク区分が設けられるのは、保険がよって立つ最も重要な論理であり倫理である。火災保険のロスレシオが不適切に良すぎるのであれば火災保険のアンダーライターが料率を下げるべきなのである。

料率算定会制度の下で、対象となっていた保険の利益を温存する結果、本来、料率を上げて是正すべき賠償責任保険のロスレシオが高いまま放置されるのである。当時の保険会社にとって、料率算定化制度はまさに屋台骨であった。しかし、「Cross Subsidization(内部補助)」という一つの言葉は、筆者が、それに大きな疑問を抱く契機になったのである。

 

日本損害保険代理業協会アドバイザー

アイエスネットワーク シニアフェロー

栗山 泰史