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保険の虫眼鏡(第66回)

 

日米の保険の違いを巡る雑感

 

 今から数えて35年も前のことである。アメリカのフィラデルフィアという古い街に本社を有していたCIGNAという保険会社で1年間の研修を受けた。この会社は、コネチカットジェネラル(CG)という生保会社とINAという損保会社が1982年に合併してできた会社で、CGとINAを合わせてCIGNAという社名になった。

 ちなみに、その当時の損保部門の社員は「最大のライバルはAIGだ」といっていたが、今、全くその面影はない。なぜなら、その後、この会社は、損保の個人部門、生保の個人部門、さらに損保の企業部門も売ってしまい、生保の企業部門に特化して、医療保険や確定拠出年金等を扱う会社になったからだ。医療保険中心の会社ではあるが、事業の内容が全く変わってしまったのである。「選択と集中」という言葉はわが国でも一般的に使われるようになったが、アメリカにおける凄まじい事業展開には驚くばかりである。

 

 それはさておき、当時、アメリカの損害保険を勉強していて何よりも驚いたのは保険が総合化されていることであった。個人であれば、自動車保険とホームオーナーズ保険に個人アンブレラ賠償を付ければ、他には付ける保険がない。火災保険に普通火災や住宅総合など複数の保険があり、他にも傷害保険、所得補償保険、ゴルファー保険など、損害保険会社が販売する個人向けの様々な商品が存在したのとは大きな違いである。

 企業の場合も同じで、例えば、賠償責任保険の場合、自動車保険、CGL(Comprehensive General Liability)、

EL(Employer’s Liability)に加えてアンブレラ賠償を付ければ基本的にすべての賠償リスクがカバーされる。当時のわが国では、総合的な賠償責任保険はなく、施設賠償や生産物賠償など様々な保険に分割されており、企業は勧められるにしたがって少しずつカバーを拡大していた。てん補限度額にしても保険料との見合いで「1億円ほど付けておけば十分だろう」というような感覚が一般的であった。従って、アンブレラ賠償を付けるということにはまずならない。

 おそらく、この差は、リスク・マネジメントを意識するかどうかによるものだ。リスクの全体を見ていないので、カバー範囲もてん補限度額も部分的なものにとどまる。そして、企業は保険の及ばないリスクについて、無自覚なままに「自家保険」でカバーしていたのである。

 当時、「ダルマ落とし」をイメージしながら日米の違いを見ていた。アメリカの場合、最初に「ダルマ落とし」の全体が作られる。そこから不要なものを省き、残ったところに保険の全体の姿が形成されるというイメージだ。これに対して、わが国の場合は、一つずつピースを積んでいくのだが、完成形にはなかなかたどり着けないというイメージである。

 

 このようなおかしな状態が長く続いたことには、一つは保険会社が非常に保守的な商品政策を長く続けてきたという背景がある。アメリカであれば当たり前のごとく用意される保険を「ゲテモノ保険」などと称して開発しない時代が長く続いた。そして、もう一つの問題として、保険の募集スタイルが大きく関係している。長くわが国では「保険は(顧客が)買うものではなく、(募集人が)売り込むもの」と認識されてきた。いわば「いやがる客に無理に売り込む」のである。保険を正当に評価せず適切に付けようとしない顧客にも問題があるように思えるのだが、やはり、それ以上に責められるべきは保険の募集スタイルであろう。

 20年以上前の保険自由化以降、保険会社の商品政策は大きく変化してきた。総合化はどんどん進展しているし、「ゲテモノ保険」という言葉は完全に死語になっている。そして、ついに募集スタイルにも大きなメスが入った。保険業法の改正による意向把握(顧客のリスクの把握)、情報提供(リスクに応じた保険の説明)、意向確認(最終的な確認)という3つの義務の法定である。保険会社の商品政策と保険代理店の募集スタイルにおける大きな変化によって、ようやくわが国にも顧客に対するリスク・マネジメントに基づく保険募集が本格的に広がっていくことになると感じるのである。

 

日本損害保険代理業協会アドバイザー

アイエスネットワーク シニアフェロー

栗山 泰史