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保険の虫眼鏡(第72回)

 

非対面募集と対面の価値

 

 今、これを書いているとき、東京のコロナ感染者数が初めて300人を超えたというニュースが流れました。梅雨明けが大きく遅れ、いつになく涼しい奇妙な7月、コロナ禍が再び猛威を振るい始めています。

テレビ東京の夜のニュース番組WBSは、かねてより一味も二味も見応えがあると感じていましたが、今、「コロナに思う」という著名人によるリレーメッセージを放映しています。この33回目(5月20日)は、一橋大学教授の楠木健さん。彼は、次のように述べています。

 

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私がこういう大きなショックが起きたときに大切だと思っているのは、人間の本性を理解すること。オンライン飲み会をみんながするようになったのも、人間が本性としてそういうものを求めるからだと思うんですね。

ただしポストコロナを考えてみると、個人的にはオンライン飲み会は定着しないと思っています。やっぱり人間の本性として、絶対にサシで会って話さなければいけないことがいっぱいあるわけです。コロナの制約が取れたら、全部が全部オンラインになるということもないと思う。

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「対面」の延長

 

 コロナ禍の中で、生保、損保ともに保険会社は、営業職員や保険代理店による「非対面」での顧客対応について大きく歩を進めています。日本損害保険協会は、4月8日に「契約手続き業務および保険金支払い業務等につきましては、原則、非対面で継続し社会のインフラとしての機能を維持します」との金杉恭三協会長のコメントを発表しました。もちろんこれは、自然災害時の対応と同様の緊急避難的なものでした。

 生保業界では、5月2日の日経新聞が「大手生命保険が顧客と直接対面しない営業に踏み切る。明治安田生命保険はまず既存の契約者と家族について、医療保険の加入や契約変更が郵送や電話で済むようにする。」と報じました。この段階では「郵送や電話」となっており、正直なところ「何だ、これは」という印象がありました。あくまでも「対面」の延長に過ぎない感じです。

 

「非対面」、最初の一歩

 

 一方、同じ頃、大手生保以外の生保会社がオンライン募集に関してもう少し踏み込んだ対応をするようになりました。例えば、三井住友あいおい生命は、デジタル面談を解禁し、その定義を「Skype・Line・FaceTime等、映像と音声通話によりお客さまと直接お会いしているようなコミュニケーションをとることが可能であり、一次選択・適切な募集行為が行えるデジタル機器を使って面談すること」としました。こうした動きに対して、損保系の大手代理店であるユナイテッド・インシュアランス株式会社代表取締役の葭谷広行氏は「緊急事態宣言下の時限措置ではあるが、岩盤規制に穴が開いた。」(インスウオッチ4月27日号)と述べるなど、高い評価を与えました。しかし、葭谷氏を含め、多くの代理店が、「非常時対応の域を出ず、コロナ禍が終息すると元に戻るのではないか」との懸念を抱くような状況でした。特に、生保募集においては、第一次選択のために「対面」へのこだわりが大きかったからです。

この頃、オンライン募集を行うライフネット生命の契約が大きく伸びているという情報が飛び交うようになりました。また、アイリックコーポレーションが行ったサンプル数1400人のアンケート調査の結果が5月19日に公表されました。結果は、次のような内容です。

■ 外出自粛中の保険相談は、オンライン面談を希望する人が多数

■ コロナウイルス感染症拡大の影響を考慮しない場合、多くの人が面談での相談を希望しているものの、オンライン面談か実際の対面かについてはこだわらない傾向にある。

■ メールやチャットといった手軽な相談方法は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響に関わらず需要が高い。

 

戦略的な「非対面」の動き

 

こうした動きが直接的に影響したかどうかは不明ですが、この頃以降、非常時対応というようなものではなく、むしろ、「非対面」のオンライン募集やデジタル面談を自社の募集の強みにしようとする戦略的な動きが相次いでいます。具体的には、次のような記事にこれが表れています。

■ (明治安田生命の動きを伝える)非対面 生かして能力発揮 営業手法の変化、コロナ禍で加速(日経新聞6月22日)

■ 第一生命がオンライン販売 大手生保で初、年度内に全商品(日経新聞6月29日)

■ MS&AD、生保通販 月内に、代理店を活用(日経新聞7月23日)

■ 日生がオンライン販売参入 若年層・都市部の顧客取り込み (SankeiBiz 7月23日

 

「非対面」に関するこうした動きをみると、もはや時代は大きく変わったと感じます。金融庁や保険会社がルールを決め、募集人はそれに唯々諾々と従う時代ではありません。何よりも優先されるべきは顧客です。顧客にとって「非対面」のデジタル面談やオンライン募集の利便性が高く、大きな弊害が生じないということであれば、これを妨げる理由はどこにも存在しません。「蟻の一穴」という言葉があります。コロナ禍を契機として解禁された「非対面」の小さな穴は、顧客が支持することで募集人を動かし、募集人が保険会社を揺さぶることで、あっという間に拡大します。保険会社としても、どこまでこれを認めるかが競争上の優位性に関わる重要事項になります。古い固定観念や既存の募集チャネルへの配慮といった「事業者本位の業務運営」は「顧客本位の業務運営」を前にして敗れ去っていくということなのでしょう。

 

人間の本性・・・

 

 もはや、オンライン募集、デジタル面談といった「非対面」の動きを押し止めることは誰にもできません。しかし、ここでこそ、もう一度、冒頭の楠木健さんの言葉を思い出すべきです。特に保険募集の場合、「人間の本性として、絶対にサシで会って話さなければいけないことがいっぱいあるわけです。コロナの制約が取れたら、全部が全部オンラインになるということもないと思う。」という言葉はとても重いものと感じています。

 

日本損害保険代理業協会アドバイザー

アイエスネットワーク シニアフェロー

栗山 泰史