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保険の虫眼鏡(第73回)

 

コロナ禍の中での損保会社の課題

 

 「新型コロナウイルスの感染拡大に損害保険は役割を果たせているのか。資金繰り支援で存在感を高める銀行を横目に、損保会社が自問を続けている。」日経新聞8月5日朝刊記事の書き出しは、この文章から始まっています。そして、その背景として、「自粛による休業は全員が助けられる側に回る。相互扶助という保険の基本的な仕組みが活用できない」(日本損害保険協会の広瀬伸一会長=東京海上日動火災保険社長)、「地震や自然災害と違い一度に被害が起きる範囲が広い。再保険を引き受ける先もない」(MS&ADインシュアランスグループホールディングスの原典之社長)という二人のトップの言葉が引用されています。

 

コロナ禍を踏まえた遡及改定

 

 損害保険の場合、個人向けの傷害保険や企業向けの特定感染症による休業損害を補償する商品の多くで、新型コロナウイルス感染症は補償の対象にはなっていませんでした。しかし、今に続くコロナ禍の中で、これを2月1日に遡及して補償対象にすると損保大手4社が発表したのは4月24日のことです。この発表は、通常の約款解釈では免責のものを特例的な解釈によって有責とすること、そして、約款解釈での対応が無理なものについて、金融庁に商品の変更認可申請を行い、2月1日にさかのぼって約款を改定して有責とするという内容でした。変更認可の具体的中身は、「新型コロナウイルス感染症に罹患した人が店舗等の施設にいたことで消毒等を実施した場合の緊急対応費用として、20万円の定額保険金を支払う」というものです。

 

事実上の見舞金支払い

 

 こうした対応は、事実上、保険金ではなく見舞金に近い支払いです。歴史的に見れば、関東大震災後、損保業界は、火災保険で免責となる地震に関し見舞金を支払いましたが、これと同様の対応といえます。ただし、それはあくまでも制度的な話で、支払額は小さなものに留まることは事実です。先の日経記事でも、「飲食店などで発症者が出て休業したら20万円の見舞金を払うと決めたが『今のところの支払いは全件あわせても数百万円の見込み』(大手損保)だ。」としています。そもそも、コロナ禍で大きな被害を被っている中小零細の店舗で休業補償を対象とする保険に入っている事業者はごく少数ですから、この数字は納得できるものです。

 

相次ぐマスコミによる批判

 

週刊ダイヤモンドは、毎年恒例の「保険」特集(7月4日号)で、「保障拡大に右往左往で総スカン 問われる損保の存在意義」との記事を掲載しました。この記事では、当時の金融庁遠藤長官の「保険契約者の期待が著しくそがれている。自分たちの存在意義は何かということを、深く掘り下げて考えてほしい」との言葉が引用されるとともに、「数十億円単位で収まりそうな特別措置に右往左往する姿に、監督当局としては怒りを通り越して『あきれた』(金融庁職員)というのが本音だった。」とも記されています。また、情報誌「FACTA」6月号でも「コロナ禍補償 後ろ向き損保業界」との見出しで、この間の損保業界の対応が批判されています。このような「損保包囲網」のような状況ですから、保険代理店も多くが損保会社に対して批判的な見方をしているのではないかと想像しています。

 

世界でもパンデミックは補償対象外

 

しかし、保険会社の商品部門からすると、事後に約款を遡及して改定し、免責の損害を有責にすることには原理原則論として大きな抵抗感があっただろうと思います。また、現時点では少額の支払いで収まりそうとしても、対応を決定した時点ではアメリカやヨーロッパは大変な状態でした。もし、同じような状況になったらどうか、さらに、わが国に第二波、第三波が襲来したらどうなるかを考えますと、保険会社に大きな躊躇が生じるのはやむを得ないことだろうと感じています。

それと、一つ誤解があると感じるのは、世界の中で日本だけが保険金支払いが少ないとされる点です。先の日経記事でも「世界で新型コロナ関連の支払いが10兆円を超す見通しなのとは(わが国は)大きく異なる。」と書かれています。取引信用保険の普及率が高いことや一部の興行中止保険での支払い、また契約者による保険金支払い請求訴訟における保険会社の敗訴に伴う支払などを加味しますと、日経記事の10兆円という数字が間違いとは言えませんが、通常の保険においてパンデミックが免責になるのは世界でも同じです。

英エコノミスト誌は、7月18日付でコロナと保険事業について記事を掲載しました。この中で、「保険業界では、長年パンデミックに因る損害を最小限に留めるように対応して来た。今回のコロナ蔓延によって、業界が無傷で済むとは思われないが、多数の保険者は大惨事から逃れられたと感じていると思われる。しかし、問題は新しい巨大リスクから身を守ろうとする企業にとって、保険は何の役にも立たないと決めつけられることだ。保険業界は次なる大惨事に備えて何らかの対応策をとろうとしている。」と記し、わが国の損保業界と同様の課題が世界でも生じていることを報じています。

 

損保会社としての大きな課題

 

コロナによる休業補償については、先の見舞金に留まらず、三井住友海上とあいおいニッセイ同和損保が、6月29日、「施設での新型コロナウイルス感染者の判明により休業した場合の休業損害を補償する商品」を販売することを公表しました。金額は、定額20万円と先の見舞金と同額ですが、さらに一歩踏み込んだ補償内容になっています。パンデミックという扱いの難しいリスクに向かって、世界中の損保会社がどのように進んでいくのか、ウイズコロナ、アフターコロナにおける大きな課題が登場したと感じています。

 

日本損害保険代理業協会アドバイザー

アイエスネットワーク シニアフェロー

栗山 泰史